R.H.の手記

世界で最も権威ある医学雑誌のひとつ、『ランセット』に私の論文が掲載された。四国のとある小さな村で発見された特異な風土病についての考察。この村には「御山さま」と呼ばれる聖域があって、そこに入った者は一週間ほどで全身の骨が腐敗する。骨以外の部位 にはまったく支障なく、かろうじて人型と判断しうる蛸のような肉塊が、呻き声をあげながら振動する様を私は何度となく目撃した。肉塊は「おひじりさま」と呼ばれほこらに祀られてきたために、この情報が外部に漏れることはこれまでなかった。逃げた兎を追う途中この村に迷い込み、偶然蛸人間に遭遇した私は、一週間に及ぶインタビューを展開。この現象が祟りの類ではなく、ある種の鉱物が原因であることを確信。蛸人間たちは皆、山の湧き水を口にしているのだ。以降約10年間、わたしは東京と四国を往復し、研究を重ねてきた。無論、科学のためにみずからその身を投げ出してくれた奴隷たちには感謝せねばなるまい。蛸人間へと変貌する過程でのさまざまなデータを採取できなかったら、この論文は完成しなかった。問題の鉱物はある特定の地層に含まれるもので、分析の結果 、地球上には存在しないものだと判明した。過去、この地方に隕石が落下したものと想像できる。来月オランダで開催される学会での発表が成功すれば、医学界における私の名は不動のものとなるだろう。ゆくゆくは山を買い上げ、テーマパークを建設するつもりだ。リアルなジオラマのなかに物憂げに佇む蛸人間たちを目の当たりにし、手を叩いて大はしゃぎする無垢な子どもたちの姿が目に浮かぶ。