R.H.の手記

今日コンビニに行って、この享楽的で罪深い私は怒りに満ちている。 私曰く「人間の命は皆平等だ」。もっと厳密に記せば「人間の命は、偉大な私を前にして、どれも皆平等に取るに足らないものだろう」ということである。この世に、伝わらぬ 怒りを説明するもどかしさほど腹正しさを覚えるものはないが、凡人どもの理解力と想像力に欠けた精神に私がいかに頭にきているかという気付きを与えるために、言葉を連ねることにしよう。それはコンビニのレジで起きた出来事だ。私は普通 に皆が居るところに出て行き、さも普通の人々のように振舞うことが嫌いではない。事件は、財布から金を出し支払いを済ませようとしている時に起こった。何気なくレジスター機の画面 に目をやるとそこには次のような一文のニュースが書かれていた。 「サモア諸島、サイクロンに襲われる。住民のほとんどは無事」 私の怒りは全て、昨年の除夜の鐘でおさめたというのに……。一体私を怒らせるのは何が目的なのだろうか?私の金か?私の精神力を試しているのか?一体何が目的なのだ?もし他のものでその目的が達せられるのならば、私は自分が怒りに包まれないために何でもするだろう……。ともかくだ。私は地球の南の方が好きである。あったかいからだ。自分でも暖かいところが好きな自分を気に入っている。だから誰も私に文句のつけようはない。そういう好きな場所にお住まいの方々が、台風に被災されたのにも関わらずである。「ほとんど無事」?映画のラストに、ついに悪の根幹をうち倒し、生き残った瀕死の主人公を友人が見ていったとしよう。「無事でよかった!」今回、サイクロンというおそらくお化け台風のようなものに襲われた南の方にお住まいの方々の描写 が「無事」。無事とは一体どのような状態なのだろうか。私の奴隷は私にすべての上の歯を抜かれても無事だ。南の方にお住まいの方々を思いやり、義憤に私の精神は包まれる。私は決して天候を自由にできるテクノロジーを生み出すほどには成長していない能無しの科学者どもの頭の悪さに腹を立てているわけではない。私が腹を立てているのは、私の大好きな南の方にお住まいの方々を思いやる気持ちがまったく欠けているマスコミの態度だ。マスコミは思いやりに満ちているべきだ。だから南の方々に対する思いやりをマスコミが持たないのならば、私はこう記そう。マスコミよ、黙れと。

いとこが私の家に泊まることになった。駅に迎えに行くと、いとこはもう到着していた。私より5歳ほど年上だが、品があってかわいいので数ある親類の中 でもお気に入りの一人だ。肩の当たりでそろえた髪に革のコートといういでたちにはややふつり合いのロングスカート。ぎこちない歩き方に、彼女の足が曲 がっているのに気付く。ある時期から成長が止まり、骨が歪曲を始めたのだそうだ。そのような話はきいていなかったので面 くらった。「・・・不便でしょ う」「まあね」「原因とかは分かったの?」「ううん」「・・・災難だね」「・・・まあ、そういうこともあるわよね。」彼女は全てを受け入れていた。そう いうこともあるわよねと言った時の、強がるわけでも無いさらりとしたイントネーションが、私を体を心地よく震わす。家の前の坂道でサンダルが脱げてしま い、習性で思わずかがんで履かせに入ってしまった。あまりの瞬間的な反応に私は赤面 してしまい彼女も面食らったようだったが、一瞬のうちにルールが成立 し、彼女はごっこ遊びの要領で私に靴を履かさせてくれた。彼女は肩に手を乗せながら「変でしょ。この足」と言った。「変じゃないよ」私は思わず曲がった 足を抱きしめ舐め上げてしまった。大事なものででもあるかのように・・・・。彼女は驚いて私を突き飛ばし、その反動で電信柱に寄りかかる。私もまた反射 的にブラックジャックをとり出し、彼女の後頭部に振り下ろす。・・・・雨が降って来たようだ。ティッシュが転がるベッドの上で彼女はまた「まあ、そうい ういこともあるわよ」と言った。お互い悪気は無かったんだしと自分を元気づけるように言う彼女が泣いていたかどうかは知らないが、嘘のように興味を失っ た私は彼女の肛門のしわの数を数えながら二人ではしゃいだ無邪気な夏のことを思い出していた。砂浜・・・。二人で食べたスイカ・・・。枯れ葉剤・・・。 枯れ葉剤?そういえば彼女のスイカにこっそり枯れ葉剤を混入したのを思い出した・・・。どこへも行かせないために・・・。貸していた金が思いがけず返っ てきたような気持ち・・・。