R.H.の手記

深夜、顔の拓本を採取するため老人ホームに侵入する。スヤスヤと寝息をたてるおばあさん、悪夢にうなされているのだろうか、眠ったまま断末魔の悲鳴をあげるおじいさん、死の淵をさまようご隠居さん。わたしは病院の床に硯をおき、墨をする。水に黒が溶けていくたび、空気が透き通っていくような印象を受ける。背筋がのびる。墨汁に私の精液と金粉を混ぜ、私の体毛でつくった筆をつかって老人の顔に塗布する。月光を反射し、黒が鈍く光る。そっとのせた和紙の上で、死へと浸透してゆくたましいが反転する。ちょうど10枚目に差し掛かったところ老婆が目を覚まし、ナースコールを押したので、頸動脈を切って処理。愚かなまねをするものだ。現世にとらわれ、私とともに永遠の生を生きるチャンスを失った。看護婦の足音がきこえたため、5階の窓から蔓草をつたって逃走する。去り際、見上げると、窓辺の看護婦と視線があった。震える唇が、「ありがとう」と、動いたように見えた。バラの花をプールに投げ込み、走り去る。家につくと、自分が泣いていることに気が付いた。牛乳風呂に顔拓を浮かべ、30人の奴隷とともに入浴。マッサージをうけながらちょっとうたたね。アフリカの大地をキリンの背に乗って闊歩する夢をみる。