レバノンへ。朝、羽田で大蔵・伊藤組と落ち合う。成田発の飛行機がなかったので、一旦羽田から関空へ行かねばならない。そういえば、ベイルートまでの航空券をとる時けっこうドキドキで、旅行会社で入れるには入れるが出る便がない、仕方ないのでシリアかヨルダンまでバスで抜けてそこから出ましょうと最初いわれた。結局イースタートラベル佐藤さんのとんちによりことなきを得たのだけど、このご時世、中近東をバスで移動するのはさすがにちょっとコワい。危ないところだった。っていうか、なぜ我々がむかうという時に情勢が緊迫するの!? レバノンの情報はあんまり入ってこないけど、日刊ベリタを読むとイスラエルヒズボラはなんだかゴタゴタしてるみたいだし、自爆テロを賛美するうごきがいろいろあるそうな。どうなることやら。あ、全然関係ないけど、いつも僕がお世話になっているとある印刷屋さんに、今度レバノン行くんですよ、というはなしをしたら、ちょっと顔を曇らせ、「80年代にはよく行ったものだよ」とボソッといわれた。80年代といえば内戦まっさかり。そういう筋の方だったのか・・・。で、関空について、それからトルコ航空イスタンブールへ向かう。前回大蔵さんにハニカムマスクを自慢され、若干うらやましく感じていたので持っていったのだが、使用してみるとこれが優れもの。呼気に含まれる水分を吸収し、鼻に潤いを与える。鼻が乾燥しがちな機内では必需品だ。これと、耳栓とアイマスクをして空気枕で寝れば完璧だろう。機内食もまぁまぁおいしい。12時間半くらいで到着。トルコはインフレがヒドくて、小銭が何百万トルコリラという単位になってしまうのでなんとなく金持ち気分があじわえます。でも、桁の感覚わかりにくさを突いたサギが横行しているらしいので要注意! で、ベイルートへ向かう便、さすがに日本人は誰ものってない。機内にはゆるいBGMが流れていて俄然テンションがあがる。トルコ航空は結構お酒のサービスが充実しており、ウォッカやワインでイイかんじになってしまったまま到着。パスポートコントロールではさすがに怪訝な顔をされたが、滞在先の住所と電話番号でなんなくクリア。ゲートでシャリフとジャッセムが迎えてくれる。シャリフは前回よりひとまわり小さくなったようだが、多分、僕の勘違いだろう。空港の駐車場は姿は見えないが家畜のにおいがする。しかしレバノンの街っていうのはやっぱりとんでもないですわ。砲撃で崩壊した建物がそのまま放置されておる。普通の家にも銃弾の跡がなまなましくのこっている。その一方で、エリアによってはすっごく復興がすすんでいて、やけにツルッとした街並がにぎわっていたりもするのだ。で、シャリフのお祖母さんの家へ。家っていうか、これはお屋敷ですな。なんでも160年前の建物で、しっかり門番までおる。大広間にはシャンデリアですよ。舞踏会がひらけてしまいそう。もう江崎さんの部屋を基準に広さを考えるのはやめた。奇怪なトランペッターにして漫画家、マザンや、パリで大変おせわになったバカップル、オリビエとエレール、それからベイルート出身のかわゆいサックス奏者でシャリフのおくさまのクリスティーヌたんなどと再会。しかしマザンもシャリフも、去年パリで一日あっただけなんだよなぁ。よくもまぁ呼んでくれたものだ。なんか不思議なかんじ。今度出るコンピに参加してくれてて、メールでのみやりとりしてたコンタン君に会う。大柄な好青年であった。ほかにもいろいろ紹介されたが、名前が覚えられないので適当にお茶を濁す。宴もたけなわなところでジャッセムのお宅へ移動。ここも江崎さんが5人はくらせそうなステキなところ。さすがに疲れてて、シャワーをあびたら即撃沈した。