R.H.の手記

立ち寄った飲み屋でけんかの仲裁をする羽目になる。「本気」と書いて「ふぐ」と読むという相手のユーモアセンスがどうしても許せなかったのだといきり たつ片一方の男に対して、もう一人はフランクフルト学派的な観点から自らの知的正当性を切々と訴える。そんな否定弁証法は砕いて鳩にでも食わせてしまえ と私の中の鉄拳が舌打ちするが、神が私の公正さを試しているのだということにすぐに思い至る。店員がおしぼりを「ハ」の字型に置いていったからだ。これ がヨハネのハでなくて何であろう。徴は至る所に。しかもそれは、初恋の相手である渡辺満里奈が跳び箱を越えるときの股の角度とも正確に一致していた。敬 虔な気持ちを相手に悟られまいとしながら、たまたま携行していたそれぞれの細君のあられもない姿態を収めた写 真をちらつかせ、苦も無く事態を収拾する。 二人をそそのかして大陸間戦争に導くことだってできたのだが。まだ完全には回心(えしん)したわけではない両者を無理やり握手させるが、力の加減を誤り 二人の手の骨を粉々にしてしまう。自分の中に正義の心がふつふつとたぎっているのに驚く。私は裁きを下す側の人間だったのか。ハレルヤ。部屋に戻っても 興奮は冷めやらず、責任の重大さからくるおののきのあまり寝返りを何度も何度も繰り返したせいで口から小豆が後から後からあふれ出して止まらず、とうと う部屋が小豆でいっぱいになってしまった。食料には当分困らないが、今夜の寝場所が無い。しかたなく廊下にシーツをしいて寝る。朝食はお汁粉。