R.H.の手記

地下にある研究所へ。昨今どこぞの胡散臭い新興宗教団体がクローンに成功との欺瞞を振りまいているようだが、笑止千万だ。私は数年前、とある科学者がヤフーオークションにクローン技術を出品しているのを偶然発見。即ウォッチリストに追加し、誰もが様子を窺い続ける中、終了時間10秒前に入札、見事落札した。ファックスで送られてきたクローンに関する技術書を数時間で100パーセント理解し、一年後には胚芽米と私の精液とを掛け合わせ、生物を作り出すことに成功したのだ。もっとも、ここで「人間」ではなく、あえて「生物」という言葉を使ったのには、理由がある。残念ながら、今のところまだ一度として、私の如き完全体を生成するには至っていないのだ。あらゆる種類の米を試したが、ちょっとした脱穀加減で器官の数が変わってきたりするのでこれがなかなか難しい。もっとも、原材料の調達は容易である上、顕微鏡、プレパラート、ガスコンロ、シャーレ、フラスコなど、ちょっとした器具で作れてしまうので数だけはいっぱいできた。できそこないだって、大事な私の分身だ。私は実験室の下層に彼らのすみかを用意している。あんまり増えすぎて、今では足の踏み場もないくらいだ。私の顔、私の皮膚、そして私の心をもった、不定形のおまえたち。互いの死骸や汚物をたべて生きている生命力溢れる頼もしいやつらだから、特に世話をしなくたって大丈夫なんだ。私のクローンには、他のクローンを食べるとちょっとだけ大きくなり、器官も吸収するという習性がある。いつの日か、この地下室にひとりだけ、大きな、でもちょっといびつな私がいるのだろう。小さな服部を食べ続けておおきくなった服部と、生まれたときから唯一にして無二の服部である私自身。その二人が手をつないで、せかいのこどもたちに希望を教える旅にでたい。窓辺にちいさなろうそくを灯そう。どんなにかなしいことや、つらいことがあったって、せかいのどこかに、あのそっくりだけど、ちょっとちがうふたりがいるんだよってことが、わかるように。こどもたちのねむりが、やすらかで、やすらかでありますように。